タッチャンの物語 その2 北野
平成25年8月25日記す
お人よしの母は、自分の子供を北野君が 立派な?人 と 言ってくれたので溜飲を下げたのかもしれない。
いってみれば キタノ はおばちゃんの泣き所を知っていてそこをついてきたのかもしれない。
( ̄∀ ̄*)
それからは時々タッチャンの会話にキタノが出ていたように記憶している。
弟は中学校のときサッカー部へ入った。
身長は一番前。
兄の私と一緒で 走ればビリ。
子供の頃によく近所の子供で田圃ソフトボール(グランドなどとしゃれたものはないので稲刈り後の田圃でやるソフトボール ベースは藁(わら)だったりする)でバットを振ればあたらず、球が来ればにげていく。それも私とおんなじ。
身長は一番前。
兄の私と一緒で 走ればビリ。
子供の頃によく近所の子供で田圃ソフトボール(グランドなどとしゃれたものはないので稲刈り後の田圃でやるソフトボール ベースは藁(わら)だったりする)でバットを振ればあたらず、球が来ればにげていく。それも私とおんなじ。
私たちの頃は部活はしてもしなくてもよかったので、別に入らなくてもよかったのにサッカー部。
なにしろサッカーは走って走って走りぬく運動なのに、超鈍足のわが弟。
そこに一つ上の先輩 北野 はいた。身長は180くらいのがっしりとした体格の子であったようだ。
当時、伝わってくる話では 部活で キタノにシゴカレているということだった。本人は口が堅く家では言わなかったようだが私は近所の後輩君から聞いて親に伝えていた。
なにしろサッカーは走って走って走りぬく運動なのに、超鈍足のわが弟。
そこに一つ上の先輩 北野 はいた。身長は180くらいのがっしりとした体格の子であったようだ。
当時、伝わってくる話では 部活で キタノにシゴカレているということだった。本人は口が堅く家では言わなかったようだが私は近所の後輩君から聞いて親に伝えていた。
もっとも今の親のように大騒ぎなどしなかった。
男とはそんなことをするものだと思っていたのかもしれない。
下手な弟を 北野君は しっかりと鍛えてくれたようだ。
腕立て伏せ 百回
うさぎ跳びでグランド一周 多分こんなところだったろう。
腕立て伏せ 百回
うさぎ跳びでグランド一周 多分こんなところだったろう。
弟は涙を流しながら百回の腕立てをやっていたそうである。今も弟はそのときのことを話したりしないが、ずいぶんつらかったんだろう。
時がたち 北野が 母の勤める紡績会社に入社してきた。
もちろん母も北野君もそんなことなど知ることもない。
たまたま、近所に北野君の同級生がいて トミヤマ紡績に北野君が勤めていると聞いたことから母に
「ねえ、かあちゃん、会社に北野いうおれの二つ下のヤツおらんけ。」
「うん、おるよ。機械設備の担当やからよく話するよ。」
「そいつ、マーコ(弟の呼び名)が中学校のとき、サッカーで・・・・・・・。」
「そうか、よおし、・・・。」
翌日母はキタノをつかまえて「おまえか、中学校のサッカー部でウチの子にひどい事しとったのは・・・」
北野君はタッチャンが
もちろん母も北野君もそんなことなど知ることもない。
たまたま、近所に北野君の同級生がいて トミヤマ紡績に北野君が勤めていると聞いたことから母に
「ねえ、かあちゃん、会社に北野いうおれの二つ下のヤツおらんけ。」
「うん、おるよ。機械設備の担当やからよく話するよ。」
「そいつ、マーコ(弟の呼び名)が中学校のとき、サッカーで・・・・・・・。」
「そうか、よおし、・・・。」
翌日母はキタノをつかまえて「おまえか、中学校のサッカー部でウチの子にひどい事しとったのは・・・」
北野君はタッチャンが
かつてしごいた後輩の親と知っていたようであるが その一言に 撃沈したそうである。
あんな立派な人に申し訳ないことをいたしましたと
あんな立派な人に申し訳ないことをいたしましたと
母に詫びたそうである。
お人よしの母は、自分の子供を北野君が 立派な?人 と 言ってくれたので溜飲を下げたのかもしれない。
いってみれば キタノ はおばちゃんの泣き所を知っていてそこをついてきたのかもしれない。
( ̄∀ ̄*)
それからは時々タッチャンの会話にキタノが出ていたように記憶している。
たぶん母のことだから時々、おやつくらいやっていたのかもしれないな。