訃報 ケンイチ

 訃報
 
 盆前の 地区の代議員会の行事 草刈を終えて 恒例の 公民館での一杯
 隣にすわった幼馴染のシンイチがいう。 
 「ケンイチ死んだぞ。アパートで死んどったそうや。この クソあっつい(暑い)のに、電気も水も止められて・・・・・。」
 
 それを聞いて、なんとなくそんなケンイチの終わり方を3年前から予感するところがあった。
 3年前と昨年、小学校の同級会を開き そのどちらにも ケンイチは来なかった。
 特に昨年は60歳でもあり是非ともとおもったが
 二回とも世話をしていたユーちゃんが連絡を取り 参加できないことを皆に伝えてきた。
 ユーちゃんはケンイチが独身で 代行の運転手をしていて、その母も無くなったことも教えてくれた。
 
 母子家庭の一人っ子だったケンイチは天涯孤独の身の上であったのだ。
 
 シンイチは続ける。
「新聞にもでとらんから、だも(誰も)知らんとおもけど(思うけど)2,3日前らっしいぞ。でかいと(沢山)借金あったらっしいぞ。」
 
 私の年になれば、大抵のことにあまり驚かなくなるものだが、テレビに出てくる孤独死を幼馴染がしたという事実に心はゆれた。
 
「葬式はどうした?」
「そりゃあ、人が死んだがやから、市の方で火葬にしたがでないかな?」
 
喧嘩
 
 ケンイチは母子家庭、そして被差別部落出身者だ。子供の私はそれがどういうことか5年生くらいになって初めてうすうす分かるようになっていた。しかし、そこの部落の子供達がなんとなく、きかん気の子が多いなと思ったくらいで、別に大人たちが陰で語るような話が本当とは思わなかった。寧ろ、そういうことをいう大人を嫌いであった。
 
 今も忘れぬことがある。
 
 5年生くらいであったろうか?ユーちゃんとケンイチが喧嘩をしたらしかった。私は2組でケンイチとユーちゃんは1組だったからいきさつは分からなかったが
休み時間に廊下に出ると 大声が聞こえた。
ユーちゃんが二階の廊下の窓から罵っている。
 
グランドにはケンイチが何か言い返しながら 帰っていくのだ。
ユーちゃんは 何度も こう叫んでいた。
「ボスー 、 ボスー 、ボスー 」
 
ボス とは今も 私たちの地方に残る 被差別部落の俗称である。
 
そして、年寄りだけではない子供でもそういうことを思っているのかと その当時とても嫌な思いをしたのだ。
そのことはケンちゃんの生涯に影を落としていたことは間違いの無いことでなかっただろうか。
 
(ただ、ここでユーちゃんの名誉のために言っておく。ユーちゃんは冒頭にもかいたが 決して非人情な人間ではない、ケンイチと同級生の間に入っていろいろと骨をおってくれたのだから。)
 
喧嘩の痕
 ケンイチとわたしはけんかをしたことがある。小学校の4年のときでなかったかと思う。
 
 私たちの地方では冬に雪が降る。よく晴れて温い日、もし夜が快晴であったりすればいったん表面がとけて下の雪にスポンジにすわれるようにして分散していた水分が再び凍り、雪の上を長靴を履いて歩けるのだ。
 それを 私たちの地域では スンヅラ と呼ぶ。(凍りついた面という意味であろうか?)
スンヅラ の日は 嬉しくて嬉しくて みんな外へ飛び出して遊ぶのだった。
 
 それが起きたのは先生がついていたから授業中であったのだろう。校庭を東にスンヅラの上を歩き 隣の保育所へ歩いていた。ケンイチと私は多分、教室を出る頃から言い合いをしていたのだ。
 保育所にあるジャングルジムに差し掛かって私はジャングルジムの角に頭をぶつけ頭から血を流した。
 雪が真っ赤に染まった。ただそれがケンイチと取っ組み合ってなったのか興奮した私の自損行為であったかはよく覚えていない。大騒ぎとなり、私は教頭先生のオートバイにのせてもらい、病院で二針縫った。
 
 それから、そこには小さな禿ができた。幸か不幸かこの年になっても私の頭は毛がフサフサしているので、頭をなでればその箇所が指先に伝わる。50年間、そこに手が行くと時々ケンちゃんをおもいだした。
もしかしたらこのキズはお天道様がケンイチ を思い出させるために 50年前につけてくれたものだったかもしれないねえ。
 
三途の川
 ケンイチは私の先にわたっていった。つらいことの多かった日々に別れを告げ 
 母のいる 川の向こうへ。
 ああ、おまえの かあちゃんに 頭を撫でてもらったことがあったような気がするなあ。
 
 俺のほうが長生きしたようだ。運よく 家族もいて まだ カアチャンもいる。
 
 途中は知らないが 最後のお前は つらい日々だったなあ 
 腹へって 食えなくてしんだのか?
 暑くて 水無くて しんだのか?
 
 故あってこの世に生まれたとして つらいことが多すぎたんじゃないか
 同級会に きてくれれば よかったなあ
 お前の代わりは出来ないが 50年前のように 目一杯つっぱるお前を見たかったよ。
 お前の同級会の金なんてみんなが千円くらい余計に出して催促なしの借金でよかったのだ。
 お前の最後に見た景色にガキのころの同級生のみんなの顔が浮かんでくれたか?
 
 これでもうあえないな。次の同級会にはユーちゃんがちょっと寂しそうにしてるかもしれないなあ。
 おれは 運よく 次の同級会に出られたら この頭の禿を 公表することにするよ。
 その前に 三途の川を渡ることになったら 頭の傷跡は 永遠に 俺だけの秘密だよ。