剣岳4

30代のとき初めて剣へ登ったときのこと。

 単独で、あまり調べもしなかった。
 頂上近くに カニのはさみ というところがある。まことにあぶなっかしいところである。

 そこへ行く手前。
 鎖場を登りつめ、分かれ道があった。  判断ができなかった。間違いなら戻ればよかろう
くらいの軽い気持ちであった。左か右か なんとなく人の足跡があるように思えて左へ行った。 岩をつかみ よじのぼる。 5分くらいだったろうか だんだんとつかみ代が小さくなったころ、とんがりの上に出た。
 大きな岩の上。三角錐のてっぺんだった。間違いに気がついたのはそのとき。
 降りようと足を下げても かかるところがないのだ。何度やっても同じだった。[ふらふら]
 そんなコースは誰も来ないので 登山者の影もなく あせってしまった。

 そのとき、頂点にしがみつきながら暫く堂々巡りの思案をし、ああ俺はここで終わるかもしれないと思った。
 家族のことを思ったのだろうか・・・・よく思い出せない。
 同時によじ登ったときに掛かりがあったのだから
 何とかもう少し下まで足を下ろせたら何とかなるかも知れぬとも思った。

 そして覚悟を決め 頭の中で 1、2、3 と言って  足をぐっと下ろした。
 小さな突起に足が掛かった。
 幸運であった。
 転落かどうかは紙一重のところだったと思う。

 元の分岐点に戻ったとき それが どういうところか よく見えた。

 今はずいぶん整備されたとはいえ 剣への山道は険しく大変である。
 生死を分ける場所もいくらでもある。

 それが魅力でもある。
 だが 自分の力をよーく知って 登ることにしなければ ならない山であることを実感したときでもあった。
 あのときに終わっていたかもしれない私の一生。 幸運が続いて 今もなんとかここにいる。